(元)限界高専生の限界日記

元留年生。某化学メーカー工場勤務。

気が付けば驚くほど活字を読んでいない人生だった

ここ1カ月くらい、ずっと頭の中から卒研のことが離れない。

実験のスケジュールを中心にして生活を組んで、今日は何時から何時までこの実験をやって、次は器具を洗って*1その後はエクセルでグラフを整えて先生に報告して…と脳内で思考をぐるぐると巡らせるのは意外と消耗する。

コロナのせいで研究のスタートが遅れたから焦っているというのもあるんだけど、もう遅れてしまったものは仕方がない。ただ、卒研というものがこれほどにも高専生活におけるウェイトを占めるものなのかと驚いている。

自分は留年生なので、一度同じクラスに所属していた人間を送り出している。それと同時に、彼らが卒研で苦しむ様子を、他人事ほど遠くなく、当事者ほど近くないくらいの中途半端な距離で眺めてきた。クラブ参加率がガクッと落ちたり、まるで研究室に住んでいるかのような生活*2をしたりしているのを見てきたはずなのに、それがどれほど大変なことなのかを理解していなかった。本当に人生の中心を研究に乗っ取られていく。それが悪い事と言うつもりは全くないが、どちらかというと勉学にはあまり励まなかった方の自分でさえそうなってしまったのだから驚きだ。

5年の後期は単位数の関係からかなりの数の授業を切ることができる。なので、1限に入っている教科を中心に、必修科目ではない選択科目はことごとく切ってきた。*3受ける授業数が1週間に4教科とかになり、かなり人生に余裕ができるなと思っていたのだが、読みが甘かった。驚くほどぴったりと、卒研がその空いた枠にぬるりと侵入してくるのだ。

結局、朝はゆっくり起きられるが帰宅はいつも遅くなってしまう。サンプルを大量にため込んで原子吸光分析をやる時など特にそうだ。

 

今まで自分は、空いた時間などで活字の本を読むことが多かった。確か3年生2回目*4の時、どこにも居場所がなくてとりあえず図書館に転がり込んだことが始まりだったように思う。基本的にノンフィクションを選ぶことが多く、よくわからない新書とか哲学入門とか海外旅行記とかを好んで読んでいた。小説などはあまり興味が持てず、ライトノベルに手を出したのもここ最近の話だ。このすばのことです。

だが、ここ1カ月くらいはずっとまともにまとまった量の活字を追っていない気がする。当たり前の事実かもしれないが、活字を追うのにはMPが要るんだよな…

ただし、ツイッターのイン率には変化がない。つまるところ、いつも変わらずほぼ毎日居座り続けているというわけだ。ツイ廃の皆様ならご存じの通り、ツイッターTikTokやインスタグラムなどのSNSに比べて、文字によるコミュニケーションの側面が大きい。活字を追うMPが無いというのに文字情報でいっぱいのTLの監視はできるってそれはおかしくないか?

思うに、本当にMPを消費するのは「文字を目で見てその意味を理解すること」ではなく、「文字を目で見てその意味を理解したうえで、その文章が表している情景や文脈を連ねて思い浮かべること」ということなんだろうか。

ツイートは基本的に140文字しか書けないので、その140文字(もしくは数個に連なったスレッド)の中で文脈が完結する。次のツイートでは、まったく別の人が、まったく別の文脈の話をしている。1つ1つは基本的に大きな情報量を持たないので、頭の中で大仰な情景を思い浮かべる必要がない。これが本などになると、濃厚にまとまった良い文ほどしっかりとした情報量を持つのでしっかりと文章の内容について頭の中で思い浮かべる必要が出てくる。このプロセスが一番疲れるのだろう。

本が読めなくなってしまったことに少し焦りも感じるが、疲れた時に無理に頭を働かせるのはかえって悪手といえよう。そういう時は大体文章の意味は掴めても文脈や情景などをうまく読み取れない、所謂「目が滑った」状態になる。おお、点と点が線でつながってきたぞ。そういうときは、おとなしく文脈とか情景とかをいちいち絵にしてくれていて考える手間を省いてくれている漫画を読んで過ごそう。間違ってもツイッターに張り付いてひたすらMPを浪費し続けるのだけは避けたい。

ここまで1900文字くらいで結局何が言いたかったかというと、最近kindleの11円セールで買ったミスター味っ子面白いですはい。頭がしんどいのでもうこればっか読んでいます。一緒に買ったこれまた11円のまじかる☆タルるートくんも手を付けたい。

 

*1:これがなかなかキツいんだ。バイアル洗い1000本ノック…ということはないが20本くらい一気に洗うことなら日常茶飯事。蒸留水もちゃんとかけるんだぞ。

*2:今自分がいる研究室の隣の研究室の話なのだが、なぜか収納スペースの隙間に折りたたみベッドが収納されている。一体いつ誰が使うのか気になるが、あまり深く詮索すべき領域ではなさそうだ。

*3:この判断をするために、何度も何度もシラバスを眺めて電卓を叩きまくって「ホントに大丈夫だよな?あとでやっぱ1単位足りませんでしたとかならないよな??」って不安に駆られたのはここだけの話である。

*4:つまり留年し「弱くてニューゲーム」した時である。